実績
スーパーファミコン版ポピュラス
当時、スーパーファミコンがファミコンの後継機として注目と期待の中で発売されて大ヒットした中、創世記のゲームソフトとして「ポピュラス」がありました。後に、「洋ゲー」という言葉がゲーム業界やゲームユーザーの間で使われるようになったきっかけにはイマジニアがポピュラスやシムシティー等の斬新なゲームを海外からもってきたことが大きな功績でした。この時は私は大学4年生で、子供の頃からの夢だったゲーム会社への就職活動としてイマジニアにアルバイトで入社しました。後に、内定を貰い就職できたのですが、そのアルバイト時代に、やっていた仕事のひとつがSFC版ポピュラスのユーザーサポートの一員の仕事だったり、営業メンバーが問屋や小売店へプレゼンを行くときにデモプレイヤーとして同行して営業のサポートを行った記憶があります。
ポピュラス